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浦和地方裁判所 昭和31年(ワ)244号 判決

原告 榛野吉五郎 外三名

被告 株式会社片山商事

主文

被告は

原告吉五郎に対し金十五万六千四百八十五円

原告政子、治也、正に対して各金八万五千四百九十七円

及びこれらに対する昭和三十一年九月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ

原告等の爾余の請求を棄却する

訴訟費用は五分しその一を原告等の負担とし爾余を被告の負担とする

本判決は被告に対し原告吉五郎において金三万円原告政子、治也、正において各金二万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

原告吉五郎が訴外亡榛野つねの夫であり原告政子、治也、正がそれぞれ右つねの六女、二男、三男であつていずれも亡榛野つねの相続人であること、被告が清掃業を営むものであり訴外樋口が被告に自動車運転手として雇用されているものであること及び被告が資本金百五十万円によつて設立された大型貨物自動車三台小型運搬車数台を有する会社であることは当事者間に争がないからこれを認めることができる。そして成立に争のない甲第四号証の一乃至九の記載及び証人柳沢秀光の証言を綜合すれば、訴外樋口は昭和二十九年七月十八日午後六時四十分頃被告所有の貨物自動車を運転して埼玉県岩槻新道を岩槻市から大宮市方面に向け時速三一、二粁で進行し大宮市堀の内二丁目一九一〇番地先道路(舖装部分と非舖装部分にわかれ舖装部分の幅員約五、八米)にさしかかつた際自己の進路前方約一〇米の道路左側を同一方向に進行中の訴外柳沢操縦の自動三輪車及びその前方約一〇米の道路右側を反対方向から進行してくる牛車を発見したがそのまま進行すれば自動三輪車を同車が牛車と交叉する直前で追い越すことになるのにそのまま進行したので自動三輪車との間に適当な間隔をおくことができないで同車の右側を追い越したため貨物自動車の左側車体中央部を自動三輪車の右側バツクミラー及び方向指示器附近に接触させ自動三輪車を左側田甫内に転倒せしめ、その結果同車助手台に同乗していた訴外榛野つねを肝蔵破裂により同日午後十時四十分頃大宮市大門町三丁目三六五〇番地蓮見診療所で死亡させた事実を認めることができる。乙第一乃至四号証の記載及び証人志田賢、樋口秀治の証言並に被告会社代表者片山守哲の供述中右認定に牴触する部分は前段採用の証拠に照らして措信することができない。他に右認定に牴触する証拠はない。そこで本件事故の発生が訴外樋口の過失によるものであるかどうかを考えるのにおよそ貨物自動車を運転するものは車馬を追い越す場合にはこれと適当な間隔を保つて運転しなければならないことは勿論、反対方面より車馬が進行してくるときは両者の交叉点を避けなければならない業務上の注意義務があると解すべきであるから訴外樋口の前段認定の行為は明らかに同人の業務上注意義務の違反であり本件事故の発生は訴外樋口の過失によるものであるといわなければならない次に訴外樋口の前段認定の行為について被告に使用者としての責任があるかどうかの点について考えるのに被告が清掃業を営むものであり、訴外樋口が被告に自動車運転手として雇用されているもので本件事故が右雇用期間中訴外樋口が被告所有の貨物自動車を運転中生じたものであることは前段認定の通り当事者間に争がないところ、被告は訴外樋口の右運転が被告の業務の執行であることを否認するけれどもこの点について被告は昭和三十三年四月二十五日午後一時の口頭弁論において自白するところであつて右の自白が錯誤によるものであることについて何等立証するところがないから被告の自白の取消は許すことができない。従つて訴外樋口の右運転が被告の業務の執行であることは被告の自白によつてこれを認めることができる。仮りに被告の自白の取消が許されるとしても成立に争のない甲第六号証の一乃至四及び乙第一、二号証の記載を綜合すれば被告は本件事故発生当時朝霞町及び大宮市に営業所を有し、大宮市内において糞尿を汲取りそれを貨物自動車等によつて大宮又は朝霞等の農家に運搬処分することを業務としていたもので訴外樋口の右運転は被告の右業務を執行したものであることが十分認められるのであつてこの点に関する証人志田賢、樋口秀治の証言及び被告代表者片山守哲、志田賢本人の供述はにわかに措信し難くその他被告の立証によつては右の事実を覆えし訴外樋口の運転が被告の代表者である片山守哲個人の事業の執行であることを認めることはできない。従つて被告は訴外樋口が過失によつて訴外榛野つねを死亡せしめた前記認定の行為について使用者として原告等に対し損害賠償の責任を免れることはできないといわなければならない。よつて進んで損害の額について考えるのに、(一)証人川島滝治の証言及び原告吉五郎本人の供述によれば訴外榛野つねは本件事故発生当時年令満五十八歳で株式会社新井広武商店に工員として勤務し布製帽子のリボン付その他の雑役に従事し日給百五十円以上を得ており一ヶ月平均二十五日は稼働しており他に内職等による手当を含めて一ヶ月収入少くとも四千七百五十円をあげており生活費等に一ヶ月二千円を要していた事実を認めることができるところ、厚生大臣官房統計部発表の統計によれば余命年数はまだ二十二年存することは公知の事実であるので右認定のような職にあつては少くとも満六十五歳までは勤務することが可能であると認められるので右認定の収入月額から生活費等を減じて算出した九年分に相当する収入額金二十九万七千円からホフマン式計算法によつて中間利息を年五分の割合によつて控除すればその額は金二十万四千八百二十七円となること算数上明白である。

右は訴外榛野つねが本件事故発生によつて得べかりし利益を喪失した損害である。(二)原告吉五郎本人の供述によつて成立を認められる甲第三号証の一乃至八の記載及び同供述によれば原告吉五郎は本件事故発生によつて妻である榛野つねに対する治療費及び看護婦附添料として蓮見診療所に金二千八百円を支払い、同人の死亡による葬祭費として金五千四百十円(原告は二万七千九百五十円と主張するがこれを認むべき証拠がない)を支払つた事実を認めることができる。右計金八千二百十円は原告吉五郎が本件事故発生によつて蒙つた損害である。(三)原告吉五郎が訴外榛野つねの夫であり、原告政子、治也、正がそれぞれ右つねの六女、二男、三男であることは当事者間に争がないところであるから原告等が訴外榛野つねの死亡によつて精神上の損害を蒙つたことはいうまでもないのでその額について考えるのに原告吉五郎本人の供述によれば原告吉五郎が住家一棟を所有しており原告政子が運輸省に勤務し、同治也が競輪選手をし、同正が製本所に勤務しいずれも一万円に充たない月収を得て原告等共同して生活を営んでいることが認められ、被告が資本金五十万円によつて設立された大型貨物自動車三台小型運搬車数台を有する会社であること当事者間に争ない事実であるのでこれらの事実その他諸般の事情を綜合しその慰藉料の額は原告吉五郎は金八万円爾余の原告は金四万円をもつて相当とする。よつて右(一)(二)(三)の損害の額を各原告について計算すれば、原告吉五郎は(一)について配偶者としてその三分の一を相続するからその金額は六万八千二百七十五円となりこれに(二)の八千二百十円(三)の八万円を合計すれば金十五万六千四百八十五円となり、爾余の原告等は(一)について直系卑属として各その九分の二を相続するからその金額は四万五千四百九十七円となりこれに(三)の四万円を合計すれば各金八万五千四百九十七円となる。以上説示の通りであるから被告は原告等に対して右認定の損害額及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白である昭和三十一年九月一日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて原告等の本訴請求は右認定の限度で正当であるからこれを認容し、爾余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条の規定、仮執行の宣言について同第百九十六条の規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡岩雄)

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